岩木山コラム (記事:本物の岩木山)

07/01

本物の岩木山

2010 07/01 カテゴリー : 岩木山コラム

6月の始めに黒石市で「津軽地域観光団体事務局連絡会議」が開催された。15文字のタイトルのこの会議は、平たく言うと事務レベルの「兵隊達」で忌憚の無い意見を出し合い、津軽一帯を結び観光地としてのパワーアップを図ろうとするものだ。

この会議の責任者である弘前観光コンベンション協会の今井専務は、新幹線青森駅開通が12月4日とカウントダウンが始まったにもかかわらず、対応が完璧では無いことに焦燥感を持っていた。函館では新青森開業前の現状を研究し、すでに5年後に向って動き始めている。その状況を知る今井専務は、この時期に函館や東北6県の各旅行会社を精力的に訪問し、互いの観光資源の共有をテーマに手を結ぼうと呼びかけている。これは「旅」の多様性を意識した今後に繋がる行動になろう。

JR東日本としては、八戸に次ぐ二度目の青森戦線であり、全線開通ともなるので力の入れようが違うのだが、客を送り込むにも対応がしっかりしていなければ一過性に終わるぞと脅かし気味だ。この会議は、津軽全域の観光関連者の連携を取ることが必然だというコンセプトであるだけに参加担当者は皆真剣だ。

黒石市役所に車を駐車し、少し時間が有ったのでこみせ通りを歩こうと思い立った。車では何度も通っているのだが、歩くのは始めてであった。日本の道百選に選ばれるだけあって、この道は情緒たっぷりだ。酒屋、米屋、お茶屋、呉服屋と古い時代からの建物が、軒を連ねている。この通りの大きな特徴にもなっている、家屋と家屋を繋げている「ひさし」。弘前もかつては有ったのにと、懐かしさが込みあがってきた。

一軒一軒を覗くように見させていただきながら、五感のいたずらで、視界の中にはない香ばしいコーヒーの匂いがした。和風のどんな商売をしているか判断が付かない店構えだ。匂いのする方向に寄ってみると、古めかしいドアが有り、そこに「コーヒーとJAZZ」の文字が目に入ったのでドアを開けた。

中は外から見たイメージと違い、コーヒー店としての構えがあった。夜はバーになるらしく、カウンターの向こうにはボトルが立ち並んでいる。ボックス席が二卓あり、カラオケやミニコンサートが出来るような機材がある。ボックス席にいる3人ほどの客が、カウンターに腰掛けた筆者をよそ者だなと見ているのだが、ニコニコ顔で嫌な気はしなかった。

コーヒーを頼んでタバコを取り出すと、カウンターにいる若い女性ではなく背面から灰皿が出てきて、同時に女将風のお年寄りが隣に座った。間も空けずに「どちらからお出でになったの?」と聞く。この唐突な質問も嫌な感じがしなかったのは、人なつっこい目と品の良さそうな雰囲気の女将だったからだ。名刺を取り出し「岩木山から来たんですよ」と言うと、彼女は大喜びで2日ほど前に岩木山神社に行ってきたばかりだと言い、身を乗り出してきた。「ね、神社の横の食堂でそば食べてたら、良い写真集見せてもらったのよ、岩木山五十景とかいう。でね、私は食堂の人に、これはずいぶん良い写真ばかりだけど、一つだけ無い写真があるっていったの。

それはね、神社の御札を売っている場所の二三段下から拝殿の屋根を見ると、そこに本物の『岩木山』が見えるわけ、その写真が無いのよ。あなたは知ってる?見たことある?」機関銃のような一方的な話に驚いていると、娘だというカウンターの中の女性が、小冊子を一部持って来てくれた。「このばあちゃんは、この人でここの大ママなのよ。ほんとうに岩木山が好きで、年中、神社に行ってるのよ。」そういうと、中ページを開いて大ママが着物姿でカウンターに入っている写真を見せてくれた。大ママは、筆者の返事を待っているのだが「くろいし・おいしい・水めぐり」という冊子に載るほどここの水は美味しいんだと説明してくれた。

「ごめんなさい、そこから見える岩木山を意識したことがありません。帰ってから、晴れた日にカメラを持って行って見ます。」というと、「必ずね!」と大ママはご機嫌だった。

会議の時間が押し迫ったので、丁重に挨拶をして逃げるように店を出た。何かとても嬉しい気分と、まだまだ観光に携わる人間として、岩木山の宣伝をする立場の人間として、知識が無いことを恥じた。大げさかもしれないが、岩木山にまつわることに関しては完璧に近い知識が必要なのだ。

二日ほど経って晴れた日、岩木山神社に行って見た。いわれたとおりの場所から見て、大きく頷いてしまった。拝殿の屋根にミニ岩木山が乗っている。しっかりと三つに「山」という形に見えるし、遠くから岩木山全体を見ているように錯覚を起こすのだ。大ママのいう「本物の岩木山」がそこに有った。その日のうちに手紙を書き、写真を添付して大ママに送付した。

本物の岩木山

本物の岩木山

黒石の出来事は、心から嬉しかった。だが、彼女のように「岩木山」を本当に愛している人に、岩木山観光協会に勤める人間として責任を重く感じた。

 

このページの最上部へ