2011 11/29 カテゴリー : 岩木山コラム

8月の出来事だった。館内の食堂に何組かの食事利用客がいた。

突然、男の客が「迷惑だ、外で食う」と言ってお盆に乗ったラーメンの器を

揺らしながら外のベンチに向かった。

食べ終わって、金を払うから出て来い!と食堂の人を呼んでいる。

金を払う段になって、なぜ館内が禁煙になってないのかと、しつこく責め立てている。

食堂で働く女性が困っているので、責任者として出て行った。

岩木観光物産案内所という看板で、弘前市から観光案内の業務を事業として

受けている以上、そろそろ全館禁煙にすべきだとは考えていた矢先だった。

ただ、観光客の喫煙者が多くいたのも事実であって、灰皿も置いていた。

怒って興奮している男性に、ごもっともです、近い将来に全館禁煙も考えている事を

伝えたが後に引かない。今すぐ全館禁煙にしろという。

「それでは、弘前市に苦情を申し上げるか、新聞社に投稿するとか、お気の済む

ようにしてください。」と言って、名刺を差し出した。名前を聞いても言わないので、

その場を離れた。

実は、私も煙草は吸う。周囲を気にして吸うようにしているし、半日吸わなくても

気にならない程度だが、ヘビースモーカーの人には住みにくい世の中なのは当然だ。

これを機にシーズン途中で「全館禁煙」を実行した。館内に手製の禁煙マークを張り、

自らも外で吸うようにした。

この際だからと、一ヶ月で止められるという「離煙パイポ」を購入した。

11月になり、食堂を含む案内所は閉館した。岩木山観光協会に訪れるお客達も

なれたようで寒空の下で身体を揺すりながら急ぎ煙草を吸うようになっている。

ただ、やたら意味もなく、タバコを目の敵にしたようなことをいう人がいるが、

少数派になってしまった「喫煙者」としては腹が立つ。周囲に迷惑をかけず、

肩身の狭い思いで隠れるように吸っている我々に追い打ちを掛ける必要などないだろう。

もう時効だから言えるが、高校生の頃はよくオヤジのタバコをくすめて吸っていた。

大学に入ってからは、まだ、19歳にもかかわらず大人になった気分で町の中を

くわえ煙草で歩いた。この頃の映画、「エデンの東」「第三の男」「黄色いリボン」

「夕陽のガンマン」「嵐を呼ぶ男」と、芸術性の高い映画から娯楽映画まで、主人公の

俳優の条件の中にタバコが似合う、タバコを吸う姿が美しいことだった。

ジェームズ・ディーン、J・ウェイン、C・イーストウッドから、タバコを取ったら様に

ならない。

現在は、タバコを吸うシーンは、殆どと言っていいほどなくなった。

悪役のイメージをより悪くするためか、回想シーンで古い時代を表す為に使われるくらいだ。

岩木山麓という超自然の環境にいて、タバコの話をしていること自体が不謹慎ではあるが

何か寂しい時代になったような気がするのだ。

2011 05/12 カテゴリー : 岩木山コラム

オオヤマザクラの楚々とした紅色の花が山間に咲き始める頃、やっと岩木山の春がくる。ソメイヨシノの純白に近い色合いからすると紅色に近い花弁、花と一緒に出る赤茶けた葉がより地味というか質素なイメージの桜だ。絢爛豪華な弘前城の桜を観てきた客は、まだ咲いてないのと満開の山桜を観て言う。出店も無い桜並木は、それぞれの楽しみ方でゆったりと過ごしていただくことを勧めている。

時間が空いてるときは、できるだけ観光案内でお客様とカウンター越しの接客をするのではなく、一緒に歩くようにしている。観光協会は、岩木山を背に目の前には『森山』を観る。この山は、青森県立公園に指定されているが、土地は個人所有になっている。その所有者の一人が、山を整備して山歩きの好きな人たちに開放している。往復一時間足らずの低い山だが、20〜30分歩くと岩木山が目の前に広がる。入山する人のマナーが良いのか、持ち主の想いを理解しているのか奇麗だ。山道は落ち葉が敷き詰められたままで、ふかふかのジュータン状態で歩きやすい。5月7日、森山に関東からのお客を案内。中腹は足の踏み場も無いくらいのカタクリの花が咲き乱れていた。うす紫色の可憐な花は、実は天ぷらにすると歯触りもよく美味しい。

岩木山観光協会ではいろいろな地域活動をしている。その一つに不法投棄される産廃、一般廃棄物の処理活動がある。「岩木山がスキナンダ」というフレーズは、岩木山麓のゴミ収集活動を続けていく中で、参加者が腹立たしく思うその気持ちを表したものだ。捨てる人に捨てないでというよりも、岩木山が好きな人たちが多くなればとの願いから生まれたものだ。ポスター、Tシャツとネットだけではなく、岩木山観光協会から発信するあらゆるアイテムに載せている。

観光協会という存在は、何をすべきなのか。国が地方に観光推進を訴えかけてから、それほど時間はたっていないし、国交省に観光省が設立されたのもこの2〜3年で方向が定まっていない。弘前は、新幹線全線開通、JRが力を入れるディステェネーション(DC)、弘前城築城400年祭と大きなテーマばかりだ。しかし、東日本大震災がおきて一瞬のうちにすべてがストップしてしまった。もちろん、市長の決断で「自粛を解いて、元気に祭りも実施しよう!」の呼びかけに弘前城桜祭りの盛況だった。セレモニーのスピーチで、JRの偉い方も非常に評価をしていた。

「観光」とは何かとなると、上記のようなことばかりでないだろう。地域の活性化が主になるはずだから。観光客も死に体のその地に来る気はないだろう。本当の意味の元気さ、観光とは、その土地の人が観光客を意識した行動をするのではなく、嬉々として生きているその姿を見せることではないか。飾り立てた観光資源ではなく、昔からあるそのままをその土地の人間が愛しているカタチのままで『魅せる』ことなのではないか。

 

2010 08/01 カテゴリー : 岩木山コラム

6月末、岩木山の登山道には其処かしこに残雪が有る時期に、岩木山観光協会・登山部20名は、新ルート開発のために『巨木の森』に入山した。

巨木の森は6~7年前までは、毎年コンサートが開催されていた。岩木スカイラインで言うNo.27のカーブに位置し、森に入るとわずか数分でブナの木が広く伐採されたエリアに着く。切り株に腰掛け、森林浴をしながら音楽を聞くという贅沢なコンサートだ。今年は市民団体が企画をして、再開する予定があるという。

森閑としたブナの森

森閑としたブナの森

10時に近い時間にもかかわらず、ブナの森は森閑とした空気に包まれ、4~5m先から森の奥深くまで乳白色の霧が覆う。新緑のブナの枝葉から見る青空と、緑色の陽の光は体が洗われるような清々しさを感じるが、霧が立ち込めるブナの森は幻想的だ。

隊長は、「山の家ぶなこ」の経営者・秋田氏。市の依頼で、津軽一帯の映像を撮り続けているITBの面々。岩木山のことは、必ず記事にしてくれる東奥日報と陸奥新報の記者2人。その他、広報ひろさきで募集した参加者と登山部の部員達。

この日初めてこの森に入った参加者達は、ただただ感激をして無口になった。今回の目的は、新ルートの確立だ。画像データも無いので、全員がカメラを持って参加した。だが、魅力的な霧深い森を、見たままに写真に収める事は難しい。デジタルカメラは、すぐに画像チェックが出来るからこそ、見た目通りに撮れていない時は落胆する。これを見て、秋田氏がガイド役だけでなく、写真家として快くテクニックを詳しく教えてくれた。

巨木の森の入り口から、ジグザグに獣道のような道を1kmほど森の中に入る。黒森山の一番近い場所だ。ここまで入ると、「ブナの奇木」が多くなる。巨木とはいえないが、雪で押されて枝が変形し、幹もずんぐりしている。まるで彫塑を展示している美術館を歩いているようで楽しい。シャッター音だけが、いろいろな角度から聞こえてくる。

岩を喰うブナ

岩を喰うブナ

突然、竹薮の中からチャリ~ン、チャリ~ンと森に響き渡る鈴の音が聞こえてきた。歩きを止めて鈴の音の方を見ていると、背に大きなリュックザックを背負い、頭からフードを深々とかぶり、顔を網の覆面をした山菜取りのプロが現れた。この姿は、完全装備というのだろうが、あまりの仰々しさに可笑しくなった。秋田氏の傍まで来て、ぼそぼそと話をしている。我々が山菜を採りに来たのではない事に安心したらしく、全員に会釈をした。筆者の「この辺は熊が出るんですか?」という愚問に、「うん」と答えただけで立ち去った。我々がその後、熊の話で盛り上がったのは言うまでもない。

森の中で各自が持ってきた昼食をとった。霧は出て欲しかったが、雨は降らないようにと願っていただけに昼食休憩を森の中で出来たことが嬉しかった。

参加者全員の反応は良かったが、一般の登山客がガイド無しで散策するには少し不安が残るコースだった。道に迷ってしまうのは、土地勘があるなしではなく注意力の問題だというが、登山の基本どおりに考えれば弱者優先だ。一本の樹木を見て方角が分かる人、木についている目印が何の為なものかが理解できる人など数少ない。岩木山の中腹にこんなすばらしい場所があることを、無防備に一般に広報してしまうことは危険だ。道案内の標識や、自然の景観を壊さない程度の道の整備が必要なのだ。

ブナの森を抜けて、嶽温泉郷に下りる正規の登山道に入った。湯ノ沢地点に下りると、ブナの木もスマートでまっすぐなプロポーションになった。しばらくするとブナが終わり、ナラの世界になっていた。景観の変わったことを楽しんでいる間もなく、雷が鳴り強い雨が降り出した。汗をかいていたので雨に濡て心地よかったが、終点近くで良かった。

岩木山には、今回探索したブナの森以外にも魅力的な場所がたくさんあると聞く。だが、自然を壊さずコース作りをし、登山客の安全を確保するということは大きな矛盾が伴うことでもある。ブナの森を新コースとして一般公開するのは、まだまだ先になる。 

2010 07/01 カテゴリー : 岩木山コラム

6月の始めに黒石市で「津軽地域観光団体事務局連絡会議」が開催された。15文字のタイトルのこの会議は、平たく言うと事務レベルの「兵隊達」で忌憚の無い意見を出し合い、津軽一帯を結び観光地としてのパワーアップを図ろうとするものだ。

この会議の責任者である弘前観光コンベンション協会の今井専務は、新幹線青森駅開通が12月4日とカウントダウンが始まったにもかかわらず、対応が完璧では無いことに焦燥感を持っていた。函館では新青森開業前の現状を研究し、すでに5年後に向って動き始めている。その状況を知る今井専務は、この時期に函館や東北6県の各旅行会社を精力的に訪問し、互いの観光資源の共有をテーマに手を結ぼうと呼びかけている。これは「旅」の多様性を意識した今後に繋がる行動になろう。

JR東日本としては、八戸に次ぐ二度目の青森戦線であり、全線開通ともなるので力の入れようが違うのだが、客を送り込むにも対応がしっかりしていなければ一過性に終わるぞと脅かし気味だ。この会議は、津軽全域の観光関連者の連携を取ることが必然だというコンセプトであるだけに参加担当者は皆真剣だ。

黒石市役所に車を駐車し、少し時間が有ったのでこみせ通りを歩こうと思い立った。車では何度も通っているのだが、歩くのは始めてであった。日本の道百選に選ばれるだけあって、この道は情緒たっぷりだ。酒屋、米屋、お茶屋、呉服屋と古い時代からの建物が、軒を連ねている。この通りの大きな特徴にもなっている、家屋と家屋を繋げている「ひさし」。弘前もかつては有ったのにと、懐かしさが込みあがってきた。

一軒一軒を覗くように見させていただきながら、五感のいたずらで、視界の中にはない香ばしいコーヒーの匂いがした。和風のどんな商売をしているか判断が付かない店構えだ。匂いのする方向に寄ってみると、古めかしいドアが有り、そこに「コーヒーとJAZZ」の文字が目に入ったのでドアを開けた。

中は外から見たイメージと違い、コーヒー店としての構えがあった。夜はバーになるらしく、カウンターの向こうにはボトルが立ち並んでいる。ボックス席が二卓あり、カラオケやミニコンサートが出来るような機材がある。ボックス席にいる3人ほどの客が、カウンターに腰掛けた筆者をよそ者だなと見ているのだが、ニコニコ顔で嫌な気はしなかった。

コーヒーを頼んでタバコを取り出すと、カウンターにいる若い女性ではなく背面から灰皿が出てきて、同時に女将風のお年寄りが隣に座った。間も空けずに「どちらからお出でになったの?」と聞く。この唐突な質問も嫌な感じがしなかったのは、人なつっこい目と品の良さそうな雰囲気の女将だったからだ。名刺を取り出し「岩木山から来たんですよ」と言うと、彼女は大喜びで2日ほど前に岩木山神社に行ってきたばかりだと言い、身を乗り出してきた。「ね、神社の横の食堂でそば食べてたら、良い写真集見せてもらったのよ、岩木山五十景とかいう。でね、私は食堂の人に、これはずいぶん良い写真ばかりだけど、一つだけ無い写真があるっていったの。

それはね、神社の御札を売っている場所の二三段下から拝殿の屋根を見ると、そこに本物の『岩木山』が見えるわけ、その写真が無いのよ。あなたは知ってる?見たことある?」機関銃のような一方的な話に驚いていると、娘だというカウンターの中の女性が、小冊子を一部持って来てくれた。「このばあちゃんは、この人でここの大ママなのよ。ほんとうに岩木山が好きで、年中、神社に行ってるのよ。」そういうと、中ページを開いて大ママが着物姿でカウンターに入っている写真を見せてくれた。大ママは、筆者の返事を待っているのだが「くろいし・おいしい・水めぐり」という冊子に載るほどここの水は美味しいんだと説明してくれた。

「ごめんなさい、そこから見える岩木山を意識したことがありません。帰ってから、晴れた日にカメラを持って行って見ます。」というと、「必ずね!」と大ママはご機嫌だった。

会議の時間が押し迫ったので、丁重に挨拶をして逃げるように店を出た。何かとても嬉しい気分と、まだまだ観光に携わる人間として、岩木山の宣伝をする立場の人間として、知識が無いことを恥じた。大げさかもしれないが、岩木山にまつわることに関しては完璧に近い知識が必要なのだ。

二日ほど経って晴れた日、岩木山神社に行って見た。いわれたとおりの場所から見て、大きく頷いてしまった。拝殿の屋根にミニ岩木山が乗っている。しっかりと三つに「山」という形に見えるし、遠くから岩木山全体を見ているように錯覚を起こすのだ。大ママのいう「本物の岩木山」がそこに有った。その日のうちに手紙を書き、写真を添付して大ママに送付した。

本物の岩木山

本物の岩木山

黒石の出来事は、心から嬉しかった。だが、彼女のように「岩木山」を本当に愛している人に、岩木山観光協会に勤める人間として責任を重く感じた。

 

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