2012 03/15 カテゴリー : 岩木山コラム

岩木山にどっさり雪が降っている。

町中とはいえ、自分の家も零下だ。羽毛布団を厚いのと薄目の2枚重ねで寝たら、さすがに汗をかいた。この時期、TV・新聞・雑誌には必ずと言っても良いほど「羽毛布団」「ダウンジャケット」の広告が目に留まる。汗をふき、一枚の羽毛布団をやめて毛布に変えた。再び、寝に戻ったが寝つかれない。

羽毛布団の中身はどれだけの水鳥からの羽根を使用しているのか、と考え始めたのだ。

 

羽毛は枕にも使われているし、明日着ていこうとしているジャケットもそうだ。

最近では、外着としてのダウンジャケットではなく、インナーとして着るものが主流になっている。いろいろなメーカー、特に安価な日常の衣料を提供して世界に進出している『ユニクロ』は、今までダウンジャケット等とは無縁の人々にも手が届く価格で販売し始めた。

家具、日用雑貨、特に寝具にも力を入れている『ニトリ』の存在もある。羽毛布団は、何十万円という高額賞品だったが、いつのまにか誰でも買える物となった。製品の中身が違うのか、自然の鳥などではなく、大量に養殖し始めたという事なのか。

自然環境保全を実践する活動家達も、山に入るときはダウンジャケットを着ている。彼らは、自然派をモットウとしているにもかかわらず、水鳥の羽根をむしった衣類を着用する事に抵抗はないのだろうか。などと、言いながらも、私も何着もダウンジャケットを持っているのだが・・・。

どう考えても、羽根をむしられ、丸裸になった水鳥を想像してしまう。そこで、ネットを駆使して「羽毛」の製品に関して調べることにした。

 

一口に「羽毛」といっても、種類も用途によって異なるようだ。

<羽毛>

羽毛1つ1つはダウンボールと呼ばれ、真ん中の核から手のひらのように羽枝がたくさん広がった構造を持っている。羽枝を広げた羽毛同士が集まると多くの空気を保持することができ、それが保温層となって保温力を保つ。羽毛の羽枝は柔らかいが復元性に優れ、空気を含むための(かさ)を稼ぎやすくなっている。雛鳥よりも成鳥から取れた羽毛の方が、1つ1つのダウンボールが大きいため嵩が出て保温性が高い。寝具や防寒具の中綿として使用されるふわふわした羽毛。羽根毛、ダウンなどとも呼ぶ。多くの空気を取り込むことができ保温性に優れていることから、衣料品(ダウンジャケット)、布団(羽毛布団)、寝袋(シュラフ)、として用いられる。

これらの素材には高緯度地域で飼育された、ガチョウアヒル付近の綿毛が用いられていることが多い。ガチョウの胸毛はグースダウンと呼ばれ アヒルの胸毛はダックダウンと呼ばれている鳥の羽毛のうちでも軸の通ったもの、羽条の整ったもの、見た目の美しいものは、それぞれに重宝され、さまざまな用途に使われてきた。

pen がラテン語 penna 「羽根」に由来することからもわかるように、西洋圏では最も早くに広く普及した筆記具が羽根ペンであった。羽根英の軸は中空になっていて適量のインクを保持できる。これを適時インクに浸しながら字を書いたものである。宗教的・呪術的な意味づけや、後にはおもに審美的な理由から、装身具としても多用されてきた。民族衣装に羽根を使っている民族も多い。特定の色に染めた羽根を身につけることで思想や運動への賛意を表明するもの。またチャリティーや啓発キャンペーンのアイキャッチにも利用される。赤い羽根の共同募金、緑の募金、黄の腎臓移植運動などと、数は多い。また、矢羽(やばね)、羽根つきの羽根、バドミントンのシャトルコックも長い歴史が有る。

さて、羽毛製品の生産実態はどのようになっているかだが、製品に使用されている羽毛は、一羽の鳥から採取できる羽毛の量が限られている。動物愛護の間違った認識と動物愛護協会の意図的な情報操作が激しい状況となっており、これらを受けて行われる極端な抗議活動を避ける為に、環境破壊を覚悟に多くの地域で、ハーベストダウン(換羽期の手詰め)の収穫量が極端に減ってきているのだ。そこで、現実としてダウンと呼ばれる綿毛は水鳥しか持っていないが、ガチョウ(グース)とアヒル(ダック)とマスコビーの3種類家禽の食肉産業からの副産物、屠殺時に採取される羽毛を供給源としているのが実状である。

さらに、食肉産業のコスト競争により水鳥飼育もブロイラー化、品種改造による短期間飼育に移行してきている。これによって、羽毛自体の成長は二の次になる為、換羽回数の減少などによりダウンの小粒化、羽枝の低密度が進み品質が大きく低下した。しかし,これらの問題を解決すべく専門家たちの研究によって、現在では品質の高い羽毛が食肉産業から獲得可能になっている。

 

納得したような、しないような―—やっぱり「イナバの白ウサギ」ではないが、丸裸の鳥肌状態になっている鳥を想像する。春が待ち遠しい毎日だが、水鳥にも春は来るのだろうか。

2012 03/15 カテゴリー : 岩木山コラム

今夜は、きっと数えきれない男女が「聖バレンタイン」の宗教的な儀式に、経験な信者として紛れ込んでいるに違いない。たぶん、俺もその一人なのだろうか。
パソコンに向かう数分前に、CHIVAS REGAL 18の箱を開け、ボトルの栓を抜いた。これは、私がこよなく愛する人からプレゼントされた掛け買いのない1本なのだ。なぜ、この日に開ける気になったかは別にして、私のセレモニーが始まった。
CHIVAS REGAL 18のネックの鉛の封を切り、栓を抜き、最も大切に扱っているbaccaratのロックグラスに注いだ。
『コン・コン・コン』とメロディアスな響き、琥珀色の液体が、クリスタルでどっしりとしたグラスに中に注がれた。芳醇なオークの香りを口に運ぶ。一滴の熱い液体は一瞬の内に口の中で讃歌を奏でた。「美味い!」と心の中で叫んで、誰かにこの歓びを伝えたくなったのだ。なんとすばらしい味覚なのか、贈ってくれた彼女と一緒に味わいたかったというのが本音だ。酒が飲めないにも拘らず、よくこの酒を選んだものだ。
さて、酒飲みの「称号」を背に受けたのは、いつからだったかは忘れたが、相当長い年月はたっている。思い起こすことも悍ましいほどの経験、いや、だらしない飲んだくれの失敗談は山ほどある。酔いの途中で目が覚め、ここはどこだという事は珍しくなく,一番危険でかつ奇妙な行動の記録は、電柱の上に居た事だ。気がついたら、電柱にしがみついていたのだ。『蝉(セミ)』にでもなっていたのか。子供が、好きな女の子には冷たい態度を取るのに似た行動は、性格に近いカタチでしょっちゅうの事らしい。皮肉れ者、協調性がないと、何度親しい人間に小言を云われたことか。
しかし、好きな酒が一杯入ると、醜い過去の罪が武勇伝になり、懐かしくさえなる。
たぶん、この時間に独りでいることの原因は、そこにあるのだろう。多くの大切な人を傷つけ、取り返しがつかない状態から逃げてきた。でも、それも私自身だが、後悔をし、絶えずその人たちのことを思って苦しんできたことも事実なのだが。
アルコール依存症にたいして、なぜか日本人は寛容だと海外の人は驚いて言う。神事が多く、たえず酒宴を孕む会合が多いことも原因かもしれない。そんな慣習は,どの国にもあることだ。日本人が、外国人に慎み深い印象を与えているのなら、その方が罪悪なのかもしれない。
どんな形で酒の必要性や有効性を解こうとしても、飲み方がただの「酔っぱらい」では誰も聞く耳は持たないだろう。
最近、酒を飲んでいる時の背中が暗いと言われる。明るい時代もなかったと思うが―—

2011 11/29 カテゴリー : 岩木山コラム

8月の出来事だった。館内の食堂に何組かの食事利用客がいた。

突然、男の客が「迷惑だ、外で食う」と言ってお盆に乗ったラーメンの器を

揺らしながら外のベンチに向かった。

食べ終わって、金を払うから出て来い!と食堂の人を呼んでいる。

金を払う段になって、なぜ館内が禁煙になってないのかと、しつこく責め立てている。

食堂で働く女性が困っているので、責任者として出て行った。

岩木観光物産案内所という看板で、弘前市から観光案内の業務を事業として

受けている以上、そろそろ全館禁煙にすべきだとは考えていた矢先だった。

ただ、観光客の喫煙者が多くいたのも事実であって、灰皿も置いていた。

怒って興奮している男性に、ごもっともです、近い将来に全館禁煙も考えている事を

伝えたが後に引かない。今すぐ全館禁煙にしろという。

「それでは、弘前市に苦情を申し上げるか、新聞社に投稿するとか、お気の済む

ようにしてください。」と言って、名刺を差し出した。名前を聞いても言わないので、

その場を離れた。

実は、私も煙草は吸う。周囲を気にして吸うようにしているし、半日吸わなくても

気にならない程度だが、ヘビースモーカーの人には住みにくい世の中なのは当然だ。

これを機にシーズン途中で「全館禁煙」を実行した。館内に手製の禁煙マークを張り、

自らも外で吸うようにした。

この際だからと、一ヶ月で止められるという「離煙パイポ」を購入した。

11月になり、食堂を含む案内所は閉館した。岩木山観光協会に訪れるお客達も

なれたようで寒空の下で身体を揺すりながら急ぎ煙草を吸うようになっている。

ただ、やたら意味もなく、タバコを目の敵にしたようなことをいう人がいるが、

少数派になってしまった「喫煙者」としては腹が立つ。周囲に迷惑をかけず、

肩身の狭い思いで隠れるように吸っている我々に追い打ちを掛ける必要などないだろう。

もう時効だから言えるが、高校生の頃はよくオヤジのタバコをくすめて吸っていた。

大学に入ってからは、まだ、19歳にもかかわらず大人になった気分で町の中を

くわえ煙草で歩いた。この頃の映画、「エデンの東」「第三の男」「黄色いリボン」

「夕陽のガンマン」「嵐を呼ぶ男」と、芸術性の高い映画から娯楽映画まで、主人公の

俳優の条件の中にタバコが似合う、タバコを吸う姿が美しいことだった。

ジェームズ・ディーン、J・ウェイン、C・イーストウッドから、タバコを取ったら様に

ならない。

現在は、タバコを吸うシーンは、殆どと言っていいほどなくなった。

悪役のイメージをより悪くするためか、回想シーンで古い時代を表す為に使われるくらいだ。

岩木山麓という超自然の環境にいて、タバコの話をしていること自体が不謹慎ではあるが

何か寂しい時代になったような気がするのだ。

2011 05/12 カテゴリー : 岩木山コラム

オオヤマザクラの楚々とした紅色の花が山間に咲き始める頃、やっと岩木山の春がくる。ソメイヨシノの純白に近い色合いからすると紅色に近い花弁、花と一緒に出る赤茶けた葉がより地味というか質素なイメージの桜だ。絢爛豪華な弘前城の桜を観てきた客は、まだ咲いてないのと満開の山桜を観て言う。出店も無い桜並木は、それぞれの楽しみ方でゆったりと過ごしていただくことを勧めている。

時間が空いてるときは、できるだけ観光案内でお客様とカウンター越しの接客をするのではなく、一緒に歩くようにしている。観光協会は、岩木山を背に目の前には『森山』を観る。この山は、青森県立公園に指定されているが、土地は個人所有になっている。その所有者の一人が、山を整備して山歩きの好きな人たちに開放している。往復一時間足らずの低い山だが、20〜30分歩くと岩木山が目の前に広がる。入山する人のマナーが良いのか、持ち主の想いを理解しているのか奇麗だ。山道は落ち葉が敷き詰められたままで、ふかふかのジュータン状態で歩きやすい。5月7日、森山に関東からのお客を案内。中腹は足の踏み場も無いくらいのカタクリの花が咲き乱れていた。うす紫色の可憐な花は、実は天ぷらにすると歯触りもよく美味しい。

岩木山観光協会ではいろいろな地域活動をしている。その一つに不法投棄される産廃、一般廃棄物の処理活動がある。「岩木山がスキナンダ」というフレーズは、岩木山麓のゴミ収集活動を続けていく中で、参加者が腹立たしく思うその気持ちを表したものだ。捨てる人に捨てないでというよりも、岩木山が好きな人たちが多くなればとの願いから生まれたものだ。ポスター、Tシャツとネットだけではなく、岩木山観光協会から発信するあらゆるアイテムに載せている。

観光協会という存在は、何をすべきなのか。国が地方に観光推進を訴えかけてから、それほど時間はたっていないし、国交省に観光省が設立されたのもこの2〜3年で方向が定まっていない。弘前は、新幹線全線開通、JRが力を入れるディステェネーション(DC)、弘前城築城400年祭と大きなテーマばかりだ。しかし、東日本大震災がおきて一瞬のうちにすべてがストップしてしまった。もちろん、市長の決断で「自粛を解いて、元気に祭りも実施しよう!」の呼びかけに弘前城桜祭りの盛況だった。セレモニーのスピーチで、JRの偉い方も非常に評価をしていた。

「観光」とは何かとなると、上記のようなことばかりでないだろう。地域の活性化が主になるはずだから。観光客も死に体のその地に来る気はないだろう。本当の意味の元気さ、観光とは、その土地の人が観光客を意識した行動をするのではなく、嬉々として生きているその姿を見せることではないか。飾り立てた観光資源ではなく、昔からあるそのままをその土地の人間が愛しているカタチのままで『魅せる』ことなのではないか。

 

 

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